半年経って

先日、扶養控除って年収いくらまでだっけ、と思って調べた。

扶養控除のことなど全く考えていなかった自分に驚いて、ようやく扶養控除のことを考える余裕が出てきたのだと気付いた。そういえばモラ夫が出て行って半年になる。

モラ夫が出て行ったのは2月の半ば。

私は季節の変わり目を感じるのが好きで、4月や5月(関西は夏の到来が早い)には来るべき大好きな夏を思ってワクワクした。ハッカ油を買ってみたり、スイカの匂いがする日焼け止めを買ったり、夏っぽい雑貨を買って一足先に夏の雰囲気を楽しむのだ。

しかし今年は全くそういうことをしなかった。

恐ろしいくらい興味がなかった。

お金がない、というどうしようもない事実のせいではあったが、それにしても興味がなさすぎた。

モラ夫が出て行ってすぐ、生活費が全くなかったから子供の貯金を崩しながら生活した。モラ夫にメールで生活費の請求をすると、

「金のことばっかり言いやがって。誰のせいでこうなったと思ってる。お前が昼も夜も働けばいいだろう、子供の貯金に頼るなんて恥ずかしくないのか」という心ないメールがくる。お金がないことに困り、つい先日まで私に向けられていたモラ夫の感情は愛情だったのに、たった1週間程度で憎悪に変わったことにとまどった。

パートを始めたところだったので、慣れるのに必死だったし、勤務中に涙が止まらなくなることもあった。婚費をもらうために裁判所へ行かなくてはいけなかったし、勝手に離婚届けを出されては困るから市役所にも行った。

食事は三食きっちり摂っていたが、モラ夫が出て行って2週間で2キロ痩せた。

1年間、週5日スポーツジムへ行き、筋トレと有酸素運動を続けてやっと2キロ落とした私である。アラフォー、体脂肪率30%の中年女性の基礎代謝ではまずありえない数字。ストレスの恐ろしさたるや!

 

婚費が決まる5月末まで気が休まらなかった。モラ夫からの嫌がらせみたいなメールはバンバンくるし、私も生活費を確保するために毎月モラ夫に連絡をしなければいけなかった。そのたびに罵られ、生活費を振り込むのか振り込まないのかの返事はないので家賃の心配をしたり、借金のしかたを調べたり、いろいろ気を揉んだ。

婚費が決まってからも、直接会って離婚の話をさせろ、2週間以内に離婚の意思を固めろ、お前と子供は実家に帰れ、オレにばかり金を出させるな、父親を頼れ、なんならオレが父親に頼んでやる、などめちゃくちゃなメールが来て、嫌な思いをした。嫌な思い、などという表現では生ぬるいほど嫌な思いをしている。婚費だって期日以内に指定の金額を振り込んでくれないので、毎月裁判所から催促してもらうことにして、モラ夫との連絡手段はブロックした。

ずっと体調が良くなかった。最初の3か月は泣いてばかりいたし、眠れないし、何を食べてもおいしくない。たった1か月後の未来を思い浮かべることもできなかったし、絶望と失望と不安が心を満たした。通勤途中に腹が痛くなり、途中下車したことも数えきれない。心療内科で処方された薬なしでは過ごせなかった。朝も昼も夜も月曜日も悲しかった。

そんな私が、扶養控除について考えられるようになった。

モラ夫をブロックしてからは、泣かなくなった。

薬を飲まなくてもよい日ができた。

私は少しずつ回復しているのかもしれない。

こうやって少しずつ回復して、元の私に戻れたらいいと思う。

元の私より強い私になっていたらいいと思う。