モラハラまでのディスタンス~モラハラに気づくまで~

離婚訴訟を起こされそうなので、証拠がてら記録しておく。

私がモラ夫と同居したのは2015年9月である。いつもと違うモラ夫を見たのはその1ヶ月後くらいだ。

ショッピングモールで些細なことから意見が食い違い、モラ夫がキレたのである。

モラ夫は無表情でピリピリしているからせっかくのショッピングも台無しである。モラ夫の機嫌は一向に治らないし、私も少々強情だったかもしれないと、私が謝ってその場は収まった。

しかしそのとき、私は「おかしいな」と思ったのだ。キレた夫は明らかに別人なのである。

私は当時バツイチであり、飽きっぽい性格ではあるが男性経験もある。男性と意見の食い違いによるケンカも知っている。

しかし、ケンカをした相手は「怒っているバージョン」の相手であり、別人のように感じたことはなかった。

モラ夫のことを「キレやすい」人だな、と、「キレたら人が変わる」から気をつけないといけないな、「キレたらしつこいからめんどうくせえな」と気を引き締めた記憶がある。

その後も月に一度のペースでキレる。なぜ月イチと言えるかと言うと、モラ夫がキレた日を記録していたからである。なぜキレた日を記録していたかというと、「これはおかしい、ただ事ではない」と感じたからである。モラ夫がキレるのは「お前の言い方が気に入らなかった」という原因がほとんどである。

私がどんな言葉を言って、それをモラ夫がどのように感じたかを聞くと「そんなこともわからないのか」と答えていただけない。

私の何が悪かったのかは全く理解できないが、モラ夫がキレると超めんどくさいのでとりあえず謝る。超めんどくさいので懇切丁寧に謝るが、「そうじゃないんだよ」と説教が始まる。

私はその説教を聞きながら、「はて?」と思う。言っていることが支離滅裂でひとつも理解できないのである。

しかもその説教は軽く1時間を超える。そして内容は2枚重ねのティッシュペーパーを剥がした1枚分くらい薄い。何度も「お前が悪い」「お前の考えが浅い」を繰り返す。

オウムだってここまで同じことばかり言ったりしない。

この恐ろしく内容の薄い説教はモラ夫の気の済むまで行われる。私はこれを密かに「ジャイアンリサイタル」と呼んでいた。

ごめんね。ジャイアン

そして私は、モラ夫がキレたときだけ私のことを「お前」と呼ぶのも大変気に食わない。そこで「私も発言には気をつけるからお前と呼ぶのをやめてくれ」と頼むと、「お前が悪いからだろう」とおっしゃり、私はそのやり取りの不毛さに非常に驚いた記憶がある。

私の頭の中では、モラ夫から「そうだね。お互い気をつけようね」系統の言葉が帰ってくると思っていたのだ。

モラ夫が機嫌がよいときに、なぜすぐにキレるのか(と聞くとキレられるので)なぜすぐに私たちはケンカをしてしまうのかと聞いたことがある。

モラ夫は「結婚して独占欲が生まれたのかな」とおっしゃった。

独占欲=束縛なら聞いたことがあるが、独占欲=キレて説教とは生まれて初めて聞いた。そして独占欲に溺れることのない聡明な私には相変わらず理解不能である。

とにかく、月に一度のジャイアンリサイタルは私にとって大変苦痛であり、原因はわからず、ひたすらモラ夫の機嫌を気にしながら、言動に気をつけながら半年程暮らしていたのである。

あ、私悪くないわ、と気づいたのはモラ夫の一言だった。

「前の彼女とはケンカが耐えなくて別れたんだよね」

そのとき私は思った。てやんでえ、全部こいつが原因じゃねーか。

私はずっと、モラ夫がキレるのは私のせいだと思っていた。

私は自分で言うのもアレだが、誰も言ってくれないので自分で言うが、大変素直な竹を割ったような性格で、江戸っ子っぽさもあるが茶目っ気程度で、母親譲りの若大将顔負けの男気もある。結局何が言いたいのかというと、しょっちゅうケンカをするような人間ではないし、その陽気な性格上、人の気を逆なでするような言動もめったにしないということだ。

そういえば、と次から次へモラ夫の不審な行動を思い出す。

東大出身の後輩を「仕事ができない」といっていじめて辞めさせたことを誇らしげに話していたこと。

バス会社への尋常ではない執拗なクレーム。

私に対する罵詈雑言。

 

モラハラだ。

 

こいつ、モラハラなんだ。

 

下手こいた!

これが私がモラ夫のモラハラに気づいた瞬間である。