人格障害者同士で付き合ったり結婚したりすればいい

タイトルのまま。

最近、某俳優の妻とか某CEOの浮気相手とか、うちのモラ夫を見ていて思う。

お前ら人格障害者同士で付き合ったり結婚したりしろよ。

例えば、うちのモラ夫とDV妻。モラ夫は暴力ふるわれるからキレ放題、DV妻もキレられるからその応酬に暴力ふるい放題。

ああいう人たちは依存傾向にあるから、お互いに依存し放題、束縛し放題。

携帯でもなんでも鍋でジャンジャン煮ちゃえばいい。

ああいう人たちは異常に性欲が強かったり、セックスにこだわったりするからそういう面でも合うだろう。

ああいう人たちは何かもめごとがあったときに、対面で直接話をしたがるから直接会って話し放題。同じ執着モンスター同士だから、相手に着拒やブロックされることもないだろう。

私達普通の人間には、気持ちが重すぎて、束縛で窮屈すぎて、スイッチが入ったら話が通じなさすぎて付き合いきれんのだよ。大体、自分の都合のいいように記憶が塗り替えられるから話のつじつまが合わない。言ってることが支離滅裂。

 

某CEOの浮気相手は、自分が境界性人格障害とわかっていて、それが原因でこういうことをしているっていう自覚があるみたいだけど、人格障害だったら何してもいいかって言ったらやっぱり違う。

いやほんまに。

お前ら人格障害者同士で付き合っとけよ。

でもきっと、うまくいかないんだろうな。

共感性がないから。

あーわかる。つい依存しちゃうんだよねーとか、あーわかる。もっと褒めてもらいたいんだよねーみたいなことを思えないから。

一方通行で自分の気持ちを押しつけるから。

それでも、うまくいかなくても、普通の人に迷惑をかけないだけマシじゃないかと思うのだ。

 

 

半年経って

先日、扶養控除って年収いくらまでだっけ、と思って調べた。

扶養控除のことなど全く考えていなかった自分に驚いて、ようやく扶養控除のことを考える余裕が出てきたのだと気付いた。そういえばモラ夫が出て行って半年になる。

モラ夫が出て行ったのは2月の半ば。

私は季節の変わり目を感じるのが好きで、4月や5月(関西は夏の到来が早い)には来るべき大好きな夏を思ってワクワクした。ハッカ油を買ってみたり、スイカの匂いがする日焼け止めを買ったり、夏っぽい雑貨を買って一足先に夏の雰囲気を楽しむのだ。

しかし今年は全くそういうことをしなかった。

恐ろしいくらい興味がなかった。

お金がない、というどうしようもない事実のせいではあったが、それにしても興味がなさすぎた。

モラ夫が出て行ってすぐ、生活費が全くなかったから子供の貯金を崩しながら生活した。モラ夫にメールで生活費の請求をすると、

「金のことばっかり言いやがって。誰のせいでこうなったと思ってる。お前が昼も夜も働けばいいだろう、子供の貯金に頼るなんて恥ずかしくないのか」という心ないメールがくる。お金がないことに困り、つい先日まで私に向けられていたモラ夫の感情は愛情だったのに、たった1週間程度で憎悪に変わったことにとまどった。

パートを始めたところだったので、慣れるのに必死だったし、勤務中に涙が止まらなくなることもあった。婚費をもらうために裁判所へ行かなくてはいけなかったし、勝手に離婚届けを出されては困るから市役所にも行った。

食事は三食きっちり摂っていたが、モラ夫が出て行って2週間で2キロ痩せた。

1年間、週5日スポーツジムへ行き、筋トレと有酸素運動を続けてやっと2キロ落とした私である。アラフォー、体脂肪率30%の中年女性の基礎代謝ではまずありえない数字。ストレスの恐ろしさたるや!

 

婚費が決まる5月末まで気が休まらなかった。モラ夫からの嫌がらせみたいなメールはバンバンくるし、私も生活費を確保するために毎月モラ夫に連絡をしなければいけなかった。そのたびに罵られ、生活費を振り込むのか振り込まないのかの返事はないので家賃の心配をしたり、借金のしかたを調べたり、いろいろ気を揉んだ。

婚費が決まってからも、直接会って離婚の話をさせろ、2週間以内に離婚の意思を固めろ、お前と子供は実家に帰れ、オレにばかり金を出させるな、父親を頼れ、なんならオレが父親に頼んでやる、などめちゃくちゃなメールが来て、嫌な思いをした。嫌な思い、などという表現では生ぬるいほど嫌な思いをしている。婚費だって期日以内に指定の金額を振り込んでくれないので、毎月裁判所から催促してもらうことにして、モラ夫との連絡手段はブロックした。

ずっと体調が良くなかった。最初の3か月は泣いてばかりいたし、眠れないし、何を食べてもおいしくない。たった1か月後の未来を思い浮かべることもできなかったし、絶望と失望と不安が心を満たした。通勤途中に腹が痛くなり、途中下車したことも数えきれない。心療内科で処方された薬なしでは過ごせなかった。朝も昼も夜も月曜日も悲しかった。

そんな私が、扶養控除について考えられるようになった。

モラ夫をブロックしてからは、泣かなくなった。

薬を飲まなくてもよい日ができた。

私は少しずつ回復しているのかもしれない。

こうやって少しずつ回復して、元の私に戻れたらいいと思う。

元の私より強い私になっていたらいいと思う。

別居までのディスタンス~私と仕事とどっちが大事?~

今思えば、モラ夫は依存体質だった。

よく言えば、愛情深い。

どちらかというと飽きっぽい体質の私としては、結婚後のモラ夫の愛情は大変に重たかった。

外でも家でも手をつなぐ、一緒にいるときはどこかしら体が触れている、平日の飲み会は極力断って早く帰ってくる、休日はずっと一緒。

結婚が二度目で「亭主元気で留守がいい」がモットーの私としては地獄の沙汰であった。

しかし相手は齢40にして初婚、結婚生活に対する憧れもひとしおであろう、とラブラブ新婚夫婦ごっこに付き合った。

平日の夜と休日は、私と子供はぴりぴりと神経を尖らせた。モラ夫の地雷を踏まぬよう私達母子は細心の注意を払って夫と過ごした。

「やっぱり家は落ち着くなあ」とモラ夫はご満悦であったが、私達はたまったものではない。

「たまには会社の人と飲みに行ったら?」「息抜きに学生時代のお友達と飲みに行ったら?」と声をかけるものの、「家が一番落ち着くんだいっ!」と甘えた声を出すのだから絶望しかない。今思えば、モラ夫は自己愛人格障害だから友達などいなかったのかもしれない。勝手に友達だと思っていただけかもしれない。

 

家族がそれほど大事ならばちょとしたことでキレなければいいのに、自己愛人格障害のモラ夫にはそれができない。ちょっとしたことでキレて延々暴言を吐き散らす。

大したことではないではないか、と言うと、お前のようなバカには理解できないなどと言う。キレたときの夫の言い分は支離滅裂なので、聞き流しながらテレビを見ていると「テレビとオレとどっちが大事なの?」と聞く。

即答でテレビと答えたい気持ちもそうなのだが、そんな質問をする夫にドン引きだった。

そんな質問を恥ずかしげもなくするのは、愛情のない家庭に育ち、義務教育を終えてすぐ家出をした手首にリストカットの傷跡を複数持つ「死にたい」もしくは「私なんて死んだほうがいいの」が口癖の風俗嬢だけだと思っていたからだ。

まずね、私と仕事、とか、私と奥さんとか、テレビとオレ、とか、子供とオレ、とか比べるもんじゃないんですよ?

もしくは比べるまでもなく答えは出ているんですよ?

奥さんだし、テレビだし、子供なんですよ?

はっきり言って愚問なんですよ?

その答えが自分じゃないと、自分であるという自信がないからそういう質問をするのであれば、それはそれで不幸なことだとは思う。

 

 

調停を立てたわけ

4月に婚費請求の調停をした。

別々に話をしたからモラ夫には直接会っていないが、モラ夫は随分ご立腹だったらしい。

話し合いではなく調停を立てられたことにとても驚いている

妻(私)は自分の話を一切聞かない

話し合いの場を持とうとしても拒否される

というのがモラ夫の言い分で。

たぶん、本当にそう思っているんだろうな、と思う。

妻(私)は自分の話を一切聞かないっていうのは、自分の意見と違う意見は意見ではなく、何も言っていないのと同じ。ひいては自分の主張を何も聞いていないのと同じっていうことなんだろうな、と思っている。

例えば

モラ夫「もう離婚するしかない」

私「あなたの気持ちはわかるけど、私は無職であなたに急に出ていかれて、食費もなにもなくて困っているからすぐに離婚はできない」(とりあえず金よこせ)

モラ夫「離婚しか選択肢はない」

私「子供もいるからとりあえず生活を安定させなくてはいけないし、急に離婚と言われても心の準備ができていない」(だからとりあえず金よこせって)

モラ夫「離婚はいつか言え」(そのあと「離婚しろ」を2時間)

これ、私、話聞いてないんですかね。ってことで。そもそもこれ、話し合いなんですかね。ってことで。

こんなの話し合いじゃないし、こんな場に喜んで行く人、います?って話で。

正反対の意見→どちらも折れず平行線→どちらかが自分の意見を通そうと威嚇→第三者に入ってもらう→調停って、そんなに驚くことかね。

私が話聞かないとか、話し合いを拒否するとか、自分は一切悪くないという設定で、それ(自分は一切悪くない)がおかしいと微塵も思わないのがすごいというか、破綻してんな、と思う。


ヨッピーのブログにとても共感する箇所があった。


『ただ、僕は「何かしら怒る人が出た以上、僕の考え方なり伝え方なり言葉なりが悪かったのだろう」と割とすぐ謝る人間でして、過去もそんな感じですぐ謝って撤回したりして』

『「話せばわかってくれる。わかってくれないのは僕の言葉が間違ってるか、足りないからだ」みたいな認識だったものを、最近は「頑張ってもダメなものはダメなのかもしれない」と思い始めております。』


『一度「スイッチ」が入ったらもう何言ってもダメっていうパターンってあるんだな』


『僕Twitterとか基本的にブロックしない主義だったんですが、「もうダメだーーー」と思う人についてはついブロックしてしまいました。』


こういう経緯で私もモラ夫をブロックし、話し合いの場を調停に移した。

モラ夫もこの文章の意味がわかるといいけど。

絶対にわからないと思うけど。(とりあえず金よこせ)

バツ2の私が考える 愛ってなんだ

もうすぐバツ2に、いや、実質的にバツ2の私が言うのもなんですが。

私的に愛ってなにか、なんてはっきりしたことは言えないんですが。

これは愛じゃないっていうことは言える。

例えば、見返りを求めた行動。

夫がよく言っていた。「お前のために◯◯してやったのに」

こっちからすると、イヤ、頼んでねーし、って話で。

好きでやってんじゃねーのかよ、って話で。

そんなに恩着せがましいことを言われるなら面倒くさいから自分でやるわ、ってことなのである。

どうしてかは知らないが、たぶん私が性格がよくて聡明だからだろうが、私は見返りを求めるということをしない。

私が子どもたちにすることはすべて、私の責任において、私の好きでやっている。

私は自分の好きなことしかしないから見返りを求めないのかもしれない。

それは、私がとてつもなく気が利かないとか、気まぐれだとか、そういうことなのかもしれない。

そういえば夫はとても気が利く人だった。

今思えばそれも見返りありき、人に良く思われたいという願望ありきだったのだな、と思う。

見返りが欲しいからやる、人に良く思われたいからやる、っていうのは愛じゃない。

モラ夫になるまではとても優しい人だったけど、夫の私への感情は愛じゃないと気づいた。


尽くすから愛してくれ、じゃなくて、愛してるから尽くすのだ。

みんなのことが大好きだ

昨日は子供の引退試合だった。

いや、負ければ引退試合となる試合。

みんな負けることはわかっていたから、引退試合だったという表現はおかしくないのだけど。

弱いチームだった。

当たり前だ。ミニバスの経験者はたったの3人で後は消去法で入部を決めた子ばかりだった。

うちの子含め、運動神経のよろしくない子もたくさんいた。

負けん気の強い子は2人くらい。

よくも悪くも、ゆとり風の平和主義だけど、素直で優しい子どもたちだ。

私は彼らが大好きだ。

だから負けても負けても応援した。

電車に乗って、バスに乗り換えて、ときにはタクシーに乗って、どこでも駆けつけた。

彼らなりに悩み、苦しむことはあったようだが確実にうまくなっていたと思う。

彼らなりに上達していたが、試合で勝つことはなかった。

でも、そんなこと私にはどうでもよいことだった。

ダブルスコアくらい離されているのに点数が決まると無邪気に喜んだり、お母さんたちの応援に照れたり、実力差は明らかで負けると決まっているのに無駄に緊張している姿を見ているだけでよかった。

彼らの成長が感じられるのを見るのが好きだった。

最後の8分は号泣だった。

一番最初の試合はバスケとは言い難いくらいボールがコロコロと床を転がっていたこと。

部活の予定表の見方がわからなくてしばらくは予定表の意味をなさなかったこと。

一学年上の先輩の試合をキラキラした目で見ていたこと。

交流試合の会場でシャワーを浴びてつるつるの肌でご満悦だったこと。

試合前はいつも楽しそうにニコニコしていること。

そんな彼らの姿が思い出された。

90対30の大差で負けたのも彼ららしかった。

もう彼らの試合が見られないと思うととても残念だ。

もう一度言う。私は彼らが大好きだ。

別居までのディスタンス~あだ名で呼ばないで~

同居して2か月、2015年初冬のことである。

夕食後、ソファでテレビを見ているとモラ夫が言った。
「(子供)をあだ名で呼ぶのはやめようよ」
私「え?なんで?」

あだ名の話題が唐突であったため、そのように聞かざるを得ない。この時点でローラのごとく「そうだね!OK!」と快く言うわけにはいかない。
物事にはそうしなければならないと思う理由があるはずである。私はそれが知りたい。

 

しかし、この段階でモラ夫は少しイラっとしている。私が素直にモラ夫の意見に従わなかったからである。
モラ夫「なんでって…。あだ名で呼ぶと自立心が育たないからだよっ」
顔を真っ赤にして吐き捨てるように言う。モラ夫の小さな器はすでにいっぱいいっぱいのたっぷたぷであろうことは容易にわかる。

しかし、そんな説は初耳である。
そして私は、あだ名で呼ぶことをやめる必要はないと思っているしやめる気もない。
モラ夫の「あだ名で呼ぶと自立心が育たない」説も全く信用していない。
さて。私はどうするべきか。

①「わかった!あだ名で呼ぶのはやめるね!」と言ってモラ夫の前でだけあだ名で呼ぶのをやめる
②私のあだ名で呼ぶことをやめたくない理由と、モラ夫の自立心が育たない説の詳細でディスカッション

まだこの時期は話し合いが可能だと思っていた。
そして、モラ夫の前でだけあだ名で呼ぶのをやめるというのは教育上よろしくないような気がした。夫のいない間に子どもたちと寿司を食べに行くような後ろめたさもある。
よって私は②を選ぶ。

っーか。めんどくさいわ!名前くらい好きに呼ばせろよ!と北斗晶風に言えたらどんなに楽であろうか。
その程度の小さな問題だと思うのは私だけだろうか。

私はモラ夫に懇切丁寧にあだ名の重要性を訴える。テーマは「あだ名は愛情のバロメーター」。ついついあだ名で呼んでしまうのは、相手のことが好きだからである。好きであればあるほどあだ名の数が増える。愛情の大きさとあだ名の数は比例している。あだ名は愛情の証であり、成長過程に悪い影響を与えてるとは思わないのであだ名で呼ぶことをやめたくない。モラ夫の兄弟も母親からあだ名で呼ばれているが、立派な成人に育っているではないか。と、ひと通りこんな感じで主張する。

 

モラ夫は私の主張を聞いているのかいないのか、共感してくれているのかいないのかはわからないが、モラ夫のハラワタがふつふつと煮えていることだけはわかる。

「あだ名で呼ぶと自立できないって言ってるだろうっ」とモラ夫は奥歯を噛み締めながら声を出す。

「だから、その理由を言えって」と言えない歯がゆさよ!

モラ夫のハラワタがもつ煮込みみたいに煮えたぎっているので私は言葉使いに細心の注意を払うこととなる。

「本当に申し訳ないが、私の勉強不足であだ名と自立心の関係は知らなかった。しかし大変興味深い内容なので面倒でなければ詳細を教えて欲しい。面倒であればその説がどこの出典のものか教えて欲しい。遅ればせながら勉強させていただこうと思う」という感じに。

ここまではよい調子であった。モラ夫もグラグラとハラワタを煮ながら黙っている。しかし、最後に付け足し、という感じで言った一言がいけなかった。

「そうだ!懇談のときに先生に聞いてみてもいいしね」

その言葉にモラ夫は喜々として飛びつく。

「オレと先生とどっちの言うことを信用するんだよ」そのさまは、鬼の首を取ったようであり、水を得た魚のようである。

私の適当に言った一言に渾身の力でしがみつく。

私だって実際に先生に聞くことはないのである。さらに言うと懇談があるかどうかもわからないのである。とんだ揚げ足取りである。

しかし揚げ足取りは正攻法では戦えないモラ夫唯一の武器。何を言ったところでハラワタのグラグラが収まらなければケチをつけられていたはずである。

それから1時間ばかり「オレより先生の言うことを信じるのか」「お前の考えは間違ってるんだよ」と同じことばかり繰り返す。

オウムだってここまで同じことばかりしゃべらない。

その間、グラグラと煮えたぎる小さな小さな鍋から赤い液体が飛び散る絵が私の頭を離れないでいる。

教訓

モラ夫は自分の考えが正しいと思い込み、人の考えを認めず、さらには自分の考えを押し付ける